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福岡地方裁判所 平成12年(ヒ)43号 決定

主文

一  本件請求を棄却する。

二  手続費用は申請人の負担とする。

理由

第一  事案の概要

本件は、被申請人所有の、定款で株式譲渡につき取締役会の承認を要する旨が定められている株式(以下「譲渡制限株式」という。)について、被申請人から、同株式を第三者あて譲渡したいので、それを承認すべきこと、承認しないときは代りの譲渡先を指定すべきことを、同株式発行会社に請求した(商法二〇四条ノ二第一項)ことに端を発して、代りの譲渡先(以下「先買権者」という。)に指定された(商法二〇四条ノ二第三項)申請人による同株式の自己への売渡請求(商法二〇四条ノ三第一項)に基づき、申請人から、被申請人に対して、平成一二年五月九日現在の同株式の売買価格の決定を求める事案である(商法二〇四条ノ四第一項、非訟事件手続法一二六条一項)。

第二  事実経過(当事者間に争いがないか、本件記録上容易に認められる事実。いずれも平成一二年の出来事)

一  本件株式

被申請人は、株式会社アソウ・ヒューマニーセンター(以下「本件会社」という。代表取締役は申請人)の額面普通株式一八〇株(譲渡制限株武。一株五万円。以下「本件株式」という。)を所有していた。

二  被申請人による株式譲渡承認・先買権者指定請求の通知(四月二一日ころ)

被申請人(当時の商号は株式会社パソナ。南部靖之は当時の代表取締役の一人)は、本件会社に対し、四月二一日ころ(甲二の1)到達した書面(書留内容証明郵便。甲一)で、

1  本件株式を株式会社パソナサンライズ(代表取締役は南部靖之)に譲渡したいので、それを承認すべきこと、

2  承認しないときは、先買権者を指定すべき旨

を請求した(商法二〇四条ノ二第一項)。

三  本件会社取締役会による株式譲渡不承認・先買権者指定決議と通知(五月一日)

本件会社取締役会は、

1  二1の本件株式譲渡を承認しないこと、先買権者を申請人と指定し、

2  その旨を、被申請人に対して、二の請求日(四月二一日ころ)より二週間内の五月一日に到達した書面(書留内容証明郵便。甲二の1・2)で通知した(商法二〇四条ノ二第二、三項)。

四  被申請人による本件株式譲渡承認請求撤回の通知(五月六日)

被申請人は、本件会社(乙一の1・2)(及び申請人。乙二の1・2)に対し、五月六日到達した書面(書留内容証明郵便)で、二の本件株式譲渡承認請求を撤回する旨を通知した。

五  申請人による売渡請求の通知(五月九日)

申請人は、被申請人に対して、三の通知日(五月一日)より一〇日内の同月九日到達した書面(同月八日付け書留内容証明郵便。甲四の1・2)で、

1  本件株式を自己に売り渡すよう請求し(商法二〇四条ノ三第一項)、

2  同書面に、本件会社第一五期の貸借対照表(平成一一年三月三一日現在。甲六)に基づき、同社に現存する純資産額二億〇九六一方五九九〇円(資産の部の合計額一一億五六一九万六三〇五円から負債の部の合計額九億四六五八万〇三一五円を差し引いた金額)を同社の発行済株式総数六〇〇株で除したものに本件株式数(一八〇株)を乗じた額六二八八万四七九六円を、五月八日、同社本店所在地の福岡法務局に供託し、その旨の証明書(甲三の1・2)を添付した(商法二〇四条ノ三第二項)。

六  双方の主張と主たる争点

被申請人は、五の申請人への売渡請求日(五月九日)より前の同月六日、四のとおり、本件会社(及び申請人)に対し、二の本件株式譲渡承認請求を撤回する旨を通知しているところ、

1  申請人は、

(一) 三のとおり、本件会社取締役会が、被申請人の本件株式譲渡承認請求に対する不承認・先買権者指定決議をし、その旨を被申請人に通知した(五月一日)後は、被申請人は本件株式譲渡承認請求を撤回することはできないと解するべきであり(争点〈1〉)、

(二) 仮にそうでないとしても、申請人が、被申請人の本件株式譲渡承認請求撤回の通知を知ったのは、五の、申請人から被申請人に対して、五月八日付け書留内容証明郵便(甲四の1・2)を発した後であるから、同撤回の通知は無効である(争点〈2〉)。

したがって、申請人と被申請人間には本件株式の売買が成立しているところ、申請人は、被申請人に対して、五月一五日到達した書面(書留内容証明郵便。甲五の1・2)で、本件株式の売買価格は一八〇万円(一株一万円)が相当として同価格で買い受けたいとして、五日内の回答を求めた(商法二〇四条ノ四第三項参照)が、被申請人の回答がないので、本件株式の売買価格について、申請人と被申請人間で協議が調わないと主張して、当裁判所あて、五の請求日(五月九日)より二〇日内の同月二四日、本件株式の同請求日(同月九日)現在の本件株式価格の決定を請求する(商法二〇四条ノ四第一項、非訟事件手続法一二六条一項、一三二条ノ七)のに対して、

2  被申請人は、

(一) 本件株式譲渡承認請求の撤回は、先買権者(本件に即して言えば申請人。以下、〔 〕内は本件に即したもの)から、商法二〇四条ノ三第一項に基づく売渡請求があるまでできると解するべきであるから(争点〈1〉)、

(二) 四の本件株式譲渡承認請求の撤回の通知は有効である。

したがって、申請人と被申請人間には本件株式の売買契約は成立していないから、申請人の本件請求は理由がないと主張している(争点〈2〉)。

3  以上から明らかなとおり、本件の主たる争点は、

(一) 株式譲渡承認請求の撤回は、先買権者〔申請人〕から、自己への株式売渡請求(商法二〇四条ノ三第一項)があるまでできるのかどうか(争点〈1〉)、

(二) できるとして、本件では、同撤回の通知はいつ効力が生じたか(争点〈2〉)である。

第三  当裁判所の判断

一  争点〈1〉について

1  商法は、会社にとって好ましくない株主の参入阻止を図る必要性を承認して、二〇四条一項ただし書で、定款で株式の譲渡制限を定めることを認める一方で、二〇四条ノ二から二〇四条ノ五までの規定で、株主が所有株式を譲渡して投下資本の回収を可能ならしめる方策を定め、もって、両者の利益の調整を図っている。その趣旨を本件に即していえば、

(一) 商法二〇四条ノ二第一項に基づき、株式を譲渡しようとする株主〔被申請人〕が、当該株式発行会社〔本件会社〕に対し、当該株式〔本件株式〕を第三者〔株式会社パソナサンライズ〕あて譲渡したいので、それを承認すべきこと、それを承認しないときは、先買権者を指定すべきことを書面で請求することができるのであるが、この請求は、実質上、譲渡しようとする株主〔被申請人〕から先買権者に対する株式売却の申込みと同視されるものである。

商法二〇四条ノ二第四項が、株式譲渡不承認・先買権者指定の通知がないときに、株式譲渡につき取締役会の承認があったものと見なしているのは、その一証左である。

(二) (一)の請求を受けた当該株式発行会社〔本件会社〕が、その譲渡先〔株式会社パソナサンライズ〕への譲渡を承認しないときは、同請求から二週間内に、当該株式発行会社〔本件会社〕取締役会は、同請求株主〔被申請人〕に対して、

(1) 商法二〇四条ノ二第二項により、譲渡を承認しない旨を書面で通知し、

(2) 併せて、同第三項により、(一)の譲渡先〔株式会社パソナサンライズ〕への譲渡を承認しない代わりに、当該株式発行会社〔本件会社〕取締役会が適当と考える新たな譲渡先〔先買権者。申請人〕を指定して、その旨を書面で通知すべきことになる。

これらの通知は、実質上、新たな譲渡先〔先買権者。申請人〕による株式売買の承諾(株式買受け)の準備行為と同視されるものである。

というのは、先買権者は、商法二〇四条ノ三第一項により、同株式を先に買い取る権限(先買権)を付与されはするが、買い取らなければならない義務まで押し付けられるのではない(自己決定権を有する。)ことは、商法二〇四条ノ三(第三項は、先買権者が株式買取請求権を行使しなかった場合、商法二〇四条ノ二第四項を準用して、株主が請求した株式譲渡につき、会社取締役会の承認があったものと見なしている。)の規定の趣旨から明らかであるし、先買権者名の通知が株式譲渡をしようとしている株主〔被申請人〕に到達して初めて、先買権者〔申請人〕は買受当事者として、売渡当事者〔被申請人〕と折衝出来る法的立場を獲得するからである。

(三) 先買権者〔申請人〕が、自己決定権を行使して、商法二〇四条ノ三第一項により自己への株式売渡請求をすることは、実質上、売買の承諾と同視されるものであり、これによって売買契約が成立することになる(鈴木竹雄・竹内昭夫共著有斐閣発行「会社法・第三版」一五一・一五二頁、有斐閣発行「新版注釈会社法(3)」一一四頁、大阪高裁平成元年四月二七日判決・判時一三三二号一三〇頁・判タ七〇九号二三八頁)。

というのは、以後、売主・買主の当事者間で売買価格の協議が開始され、その協議が整わないとき、商法二〇四条ノ四第一項に基づき、当事者のいずれかの請求をまって、裁判所がその価格を決定し(非訟事件手続法一二六条一項、一三二条ノ七)、同請求がないときは商法二〇四条ノ三第二項の規定により供託した額をもって売買価格とする仕組みになっていて(商法二〇四条ノ四第三項)、売買価格の協議が調わないことが売買契約の成立に関係ないことを当然の前提にしていること、裁判所が定める売買価格の基準時は、先買権者による商法二〇四条ノ三第一項の売渡請求時であること(商法二〇四条ノ四第二項。前掲「新版注釈会社法(3)」一一六頁、有斐閣発行「新版注釈会社法(14)」一六一頁)、先買権者が株式買取請求権を行使して株主にその旨を通知した場合、株主は、同通知から一週間内に株券を供託所に供託してその旨を先買権者に通知しなければならないのに、株主が同供託をしない場合、先買権者は、商法二〇四条ノ三第五項により、当該株式の売買を解除することができること等が、その証左である。

(四) そして、右の制度が、株主保護のための制度でもあり、(一)ないし(三)のとおり解されることに照らすと、

(1) 売買契約成立(先買権者〔申請人〕が、商法二〇四条ノ三第一項に基づき株式の自己への売渡請求権を行使する)前までは、株主からの株式譲渡承認請求(株式売却申込み)の撤回が認められるべきであるが(商事法務研究会発行・味村治著「改正株式会社法・商法の一部を改正する法律の解説」(乙四の1)の三四頁、商事法務研究会発行・元木伸著「中小会社の運営と会社法」(乙四の2)の二二二頁)、

(2) 先買権者〔申請人〕が、株式の自己への売渡請求権を行使したこと(株式買受けの承諾)によっていったん売買契約が成立した後は、関係者はすべて同契約に拘束され、

ア 株主〔被申請人〕からした株式譲渡承認・先買権者指定請求の撤回、

イ 会社〔本件会社〕からした当初譲受人〔株式会社パソナサンライズ〕に対する本件株式譲渡の不承認の撤回、

ウ 先買権者〔申請人〕からの右売渡請求の撤回(前掲大阪高裁平成元年四月二七日判決)

はいずれも許されないと解されるが、このことは通常の売買契約成立の場合と異ならない。

(五) 先買権者〔申請人〕は、商法二〇四条ノ二第三項に基づき指定された後は、自己への株式売渡請求権を行使して売買を成立させうる地位・利益を取得するところ、同地位・利益は株主〔被申請人〕によってみだりに侵害することは許されないから、同指定があった後、株主〔被申請人〕は株式譲渡承認の請求を撤回することはできないとの考え方(前掲「新版注釈会社法(3)」(甲一一)の一〇三頁、大阪地裁昭和六三年三月三〇日判決・判タ六七四号(甲一二)の一九三頁)は申請人の主張に沿うものであり、傾聴に値するが、1の冒頭で述べたとおり、株式譲渡制限をしている会社と株主の利益を調整している制度趣旨に照らすと、(四)以上に先買権者の利益を特に保護しているものとは解し難く、採用できない。

2  結論

以上のとおり、株式譲渡承認請求の撤回は、先買権者〔申請人〕から売渡請求があるまではできると解されるから、争点〈1〉については、被申請人の見解が正当であり、申請人の主張は採用できない。

申請人は、右のように解することは、本件の特殊事情・過程から見て、著しく法の精神や公平の原則に反すると主張するが、それは、契約交渉がある段階に達し、相手方に契約成立に対する強い信頼を与え、その結果、相手方が費用の支出、義務の負担等をした場合、契約交渉を一方的に打ち切ることによって相手方の信頼を裏切った当事者は、信義則上、相手方が契約が締結されることを信頼したことにより被った損害を賠償する義務を負うという考え方(いわゆる契約締結上の過失の問題)に通じるものであるが、本件において、右のとおり撤回を許すことが、商法二〇四条ノ二から二〇四条ノ五までの規定する、譲渡制限株式の場合の先買権制度に照らして、著しく法の精神や公平の原則に反するまで解することはできない。

二  争点〈2〉について

1  事実経過は第二のとおりである。

2  結論

(一) そして、争点〈1〉についての判断をも合わせ考慮すれば、先買権者〔申請人〕から本件株式について売渡請求があった日(五月九日。第二の五)より前の五月六日(第二の四)、被申請人は、本件会社に対してした、本件株式の株式会社パソナサンライズへの譲渡を承認すべきことを請求した意思表示(被申請人による本件株式譲渡承認請求)を撤回した(同日、同様の通知が申請人にも到達している。)のであるから、申請人と被申請人間の本件株式についての売買契約は、被申請人から、本件株式売却の申込みはあったものの、申請人が同買受けを承諾する前に、被申請人が同申込みを撤回したものとして、同売買契約は不成立に帰したものと解するのが相当である。

(二) 申請人は、第二の六1(二)のとおり主張するが、同撤回の意思表示は、同撤回の通知書面が申請人に到達した日に了知可能の状態になったものとしてその効力を生じるものであり、申請人が現実にこれを知ったかどうかは無関係である(民法九七条一項。最高裁第一小法廷昭和三六年四月二〇日判決・民集一五巻四号七七四頁参照)ので、争点〈2〉についての申請人の主張も採用できない。

(したがって、結局、本件株式は被申請人所有のままの状態にある。)

三 よって、申請人の本件請求は理由がないので、これを棄却することとして、主文のとおり決定する。

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